吉備国際大学では4回生の時に第17回全日本大学女子サッカー選手権大会で3位になった。
吉備国際大学では私が入学する時にスポーツ社会学科が創設され、私たちの学年は12人入った。
女子サッカー部は選手は少なかったが、私たちの学年から一学年10人以上入部するようなった。
私たちが4回生の時には今までで一番多い60人近くの部員となった。
これだけの人数を束ねるのは初めての経験であり、試行錯誤しながら進めていった。
その度に時間をかけて一つずつ解決していった。
少ない人数から部員数が多くなることでチームづくりの難しさを感じた。
私は当時副キャプテンを任されていた。キャプテンと一緒に指導者と選手のパイプ役となり、選手とのコミュニケーションを心がけた。
常に競争がある中でチームが同じベクトルに向かい進んでいく。
チームで何か問題が起こるたびに「私たちはインカレで優勝することだ」ということに立ち戻った。
何かを決断する時に目的は何かを明確にして行くことが大切だと改めて感じた。
インカレ優勝に向けて、当時のLリーグのチームだった田崎ペルーレや岡山湯郷Belleと練習試合を行い、力をつけていった。
今、思うと素晴らしい環境だった。
日本の女子のトップリーグの選手と闘える機会をつくってもらっていたことや緻密な練習内容や映像分析を行っていた。
インカレではチームが一体となり、出場する選手も出場しない選手もインカレ優勝に向かっていた。
特に感じたのはメンバーから外れた選手がチームのために夜遅くまで相手チームの分析や試合で迫力ある応援。
チームが一つになってインカレを戦った。
吉備国際大学女子サッカー部、初となるインカレ3位。
全力を出しきって戦い、チーム全員で掴み取った3位だった。
ここまでにいろんなことがあったが、その度に私たちの目的は何かを常に確認し、ベクトルを合わせきた。
この過程は今でも指導者をしていて活かされている。
私は大学で選手が主体的になり、行動することの大切さを学んだ。
大学生活は初めてのひとり暮らしであり、大学・サッカー・自己管理をすべて自分で行うことの難しさを感じた。
食事では親のありがたさを感じた。中学校までは母親が毎日、バランスの良い料理を作ってくれていたおかげで恵まれた体格に育った。
自己管理では高校では意図的に体重管理や規則正しい生活をしていた。
ひとり暮らしをして感じたことは親と高校の先生への感謝だった。
大学生活を通して人としてもサッカー選手としても主体性を身につけることができた。
「自ら考えて行動する選手を育成する」考えは大学生活を通して必要だと感じたから今の指導でも伝えている。